Dr.Naokiの森田療法コラム ~森田療法について~
森田療法について

100年ほど前に精神科医森田正馬(1874~1938)によって1919年に創始された東洋的な精神療法です。
欧米の精神療法が「これまでの考え方」を取り上げ、
ネガテイブなものをポジティブなものに変えて行こうとするのがその中心的な内容といえます。
それに対して森田療法はまったく逆で
「様々な心配事(感情)が頭に浮かんでも余計な計らい(思考)をせずにそのままにしておく」という基本的な治療態度です。
「考える」ということ、そしてその時に生じる感情にとらわれないと言い換えることもできます。
わたしは10年近く鎌倉山の精神病院で入院森田療法に従事してきましたが、
小さいけれども気づくと実に豊かな「周囲自然」に働きかけることで、すなわち周囲の植物や動物を観察したり、
手を出したりすることでそれらの生き方から学ぶことができます。
例えばオーストラリアのメルボルンで森田療法を行っているペグ・ルバインさんは以下のように述べています。
「変化する雲をスケッチしたり、鶏小屋を作ったり、芸術創作や実用的建設プロジェクトを進めていく。
この療法での芸術の目的は、木彫りや粘土での焼きものづくりなど、地球の要素を含んだもので、
美的に興味をそそるものを作っていくことである。芸術創作は五感を使う。
そして治療者はクライエントが興味をひかれるものを見たり、聴いたりするために立ち止まるその瞬間を観察するのである。
例えばわたしはあるクライエントがアリを見ているのに気付いた。アリが小さな水たまりの周りを歩いていた。
彼女が日影で静かに座っていたのをわたしは見ていた。彼女はそっと動いて背の高い草の葉を集め、枝の幅を手で測っていた。
それから彼女は長い枝に草の葉を編んでいく小さく細やかな橋をアリのために作った。
彼女の日記には橋を渡るアリが描かれていて、絵の中ではありのための小さな帽子や靴がデザインされていた。
森田療法では、クライエントが自然の場所で、信頼できる<他者>を経験するにつれて、
その想像力や自発的な遊び心に再び火をつけるような環境がある。」(Peg,Levine: Classic MoritaTherapy, 2018)
わたしが勤務していた鎌倉山でも患者は自然との関りの中で同じような体験をし、日記に記載しています。
森田療法を行っているある50代の女性の患者さんはある日遅くまで病院の院庭で作業をしていて、
病棟に戻る前にベンチに腰掛け、その日に作り出した「ミント畑」を眺めているうちに少しずつ日が暮れてきて、
さわやかな風とともにミントの草がゆれ、そして日差しがゆっくりと変化していく様を見ていて、
その中にすっかり溶け込んでいる自分に気づき、その時に「ほっとできた」と述べていました。
これこそが森田のいう「自然服従」の体験ではないかと思いました。
人間としての自分の中に隠されていたいわゆる「内なる自然」が「外なる自然」の変化に共感できた体験であり、
ユングのいう「共時性」の体験ではないかと思いました。
そして自分のこれまでの「とらわれ」、すなわち「外観重視の考え方」に気づいたり、
さらに「自分に見合った生き方=いまの自分のままでいい」ということに気づくのです。
※次回からは「課題」にチャレンジしてみましょう!









